先に結論
- 2026年8月から、高額療養費の月の上限額が全区分で引き上げられた
- 同時に 「年間上限」が新設 された。8月〜翌年7月の1年間で、これ以上は払わなくてよいという上限ができた
- 多数回該当(4回目以降の軽減)の額は据え置き。長期治療をしている人の負担は増やさない設計
- 年収約370万〜770万円の人が医療費100万円の治療を受けた場合、自己負担は約9.3万円
- 窓口で立て替えないために、マイナ保険証か限度額適用認定証を用意しておく
日本の公的医療保険には、1か月の医療費の自己負担に上限を設ける仕組みがあります。高額療養費制度です。
「がんになったら数百万円かかる」という話をよく聞きますが、健康保険が使われる治療である限り、あなたが実際に払う額はこの上限で止まります。この制度を正確に知っているかどうかで、民間の医療保険に対する判断はまったく変わります。
その高額療養費制度が、2026年8月に大きく変わりました。改正前の数字で書かれた解説がまだ多く残っているので、現行の内容を厚生労働省の資料に当たって整理します。
この記事の立場
私はFP2級を持っていますが、ここに書くのは制度の説明です。特定の保険商品を勧めることも、やめるよう勧めることもしません。判断材料を揃えるための記事です。
高額療養費制度とは何か
医療機関の窓口では、かかった医療費の1〜3割を払います。しかしその自己負担が1か月(月の初日から末日まで)で一定額を超えた場合、超えた分が戻ってくる、あるいは最初から請求されない仕組みが高額療養費制度です。
上限額は年齢と所得で決まります。高所得の人ほど上限は高く、低所得の人ほど低く設定されています。
2026年8月に何が変わったのか
変更点は3つです。
3つの変更点
- 月の上限額が全区分で引き上げられた(負担増)
- 「年間上限」が新設された(長期治療をする人には負担減)
- 多数回該当の額は据え置き(長期治療をする人への配慮)
厚生労働省は見直しの考え方をこう説明しています。長期療養や低所得の方の経済的負担に配慮しつつ、制度を将来にわたって維持していくための見直しである、と。
つまり「一律に負担を増やす」改正ではなく、単月の上限は上げるかわりに、年間で見た天井を新しく作ったという組み替えです。
月の上限額はいくら上がったのか(70歳未満)
| 年収の目安 | 改正前の月上限 | 改正後(2026年8月〜) | 差額 |
|---|---|---|---|
| 約1,160万円〜 | 252,600円+1% | 270,300円+1% | +17,700円 |
| 約770万〜約1,160万円 | 167,400円+1% | 179,100円+1% | +11,700円 |
| 約370万〜約770万円 | 80,100円+1% | 85,800円+1% | +5,700円 |
| 〜約370万円 | 57,600円 | 61,500円 | +3,900円 |
| 住民税非課税 | 35,400円 | 36,900円 | +1,500円 |
「+1%」は、医療費が一定額を超えた部分の1%を加算するという意味です(計算例は後述)。
新しく生まれた「年間上限」
ここが今回の改正の目玉です。
これまでの高額療養費は月単位でした。月をまたぐと、また最初から上限まで払うことになります。そのため、毎月コンスタントに医療費がかかる人ほど負担が積み上がる構造でした。
2026年8月からは、これに加えて 8月から翌年7月までの1年間の上限額が設定されました。月ごとの自己負担が積み上がって年間の上限額に達したら、その年度はそれ以上払わなくてよいという仕組みです。
厚生労働省の資料では、この年間上限によって次のような人の負担が減ると説明されています。
- これまで多数回該当に届かなかった人:年間 約57.3万円 → 約53.0万円(約4.3万円の負担減)
- 極めて高額な医療を受けた人:年間 約76.7万円 → 約53.0万円(約23.7万円の負担減)
月の上限が上がったことだけを見て「負担増だ」と受け取るのは、この制度の半分しか見ていないことになります。
現在の自己負担限度額(2026年8月〜2027年7月)
70歳未満
| 年収の目安 | 健保(標準報酬月額) | 国保(旧ただし書き所得) | 月単位の上限額 | 多数回該当 | 年単位の上限額 |
|---|---|---|---|---|---|
| 約1,160万円〜 | 83万円以上 | 901万円超 | 270,300円+(医療費-901,000円)×1% | 140,100円 | 1,680,000円 |
| 約770万〜約1,160万円 | 53万〜79万円 | 600万〜901万円 | 179,100円+(医療費-597,000円)×1% | 93,000円 | 1,110,000円 |
| 約370万〜約770万円 | 28万〜50万円 | 210万〜600万円 | 85,800円+(医療費-286,000円)×1% | 44,400円 | 530,000円 |
| 〜約370万円 | 26万円以下 | 210万円以下 | 61,500円 | 44,400円 | 530,000円 |
| 住民税非課税 | — | — | 36,900円 | 24,600円 | 290,000円 |
出典:厚生労働省「高額療養費制度の見直しについて(令和8年8月診療分から)」
年収約200万円未満の人への配慮
年収換算で約200万円未満(健保は標準報酬月額15万円以下、国保は旧ただし書き所得86万円以下)に該当することが確認できた人には、年間上限41万円が適用されます。ただし適用は令和9年8月以降の償還払いとされています。
多数回該当とは
直近12か月の間に高額療養費に該当した月が3か月以上あると、4か月目からは上限額がさらに下がります。これが多数回該当です。
年収約370万〜770万円の人なら、4か月目以降は 44,400円。今回の改正でもこの額は据え置かれました。長期にわたって治療が必要な人の負担を増やさないためです。
計算してみる:医療費100万円のとき
年収約370万〜770万円(健保の標準報酬月額28万〜50万円)の人が、1か月に医療費100万円の治療を受けたとします。
窓口3割負担なら請求は 300,000円
高額療養費の上限額
= 85,800円 +(1,000,000円 - 286,000円)× 1%
= 85,800円 + 7,140円
= 92,940円
実際の自己負担 = 約9.3万円
差額の約20.7万円は高額療養費として戻る(または最初から請求されない)
厚生労働省も、年収約370万円〜約510万円の人が医療費100万円の治療を受けた場合として「自己負担は約9.3万円まで抑えられる」と説明しています。約510万円〜約770万円の人も同じ計算式の区分なので、上限額は同じです。
医療費が100万円かかっても、実際に払うのは約9万円。この事実が、医療保険を検討するときの出発点になります。
窓口で立て替えないための準備

戻ってくるなら、とりあえず窓口で払っておけばいいんじゃないの?

戻ってはきます。ただ、戻るまでの数か月をどう乗り切るかが現実の問題になります。先に手を打っておけば、立て替え自体が要りません。
高額療養費は、あとから申請して払い戻しを受けることもできます。しかしそれだと、いったん窓口で30万円を払う必要があります。
これを避ける方法が2つあります。
事前にやっておくこと
- マイナ保険証を使う — 医療機関の窓口でマイナンバーカードを健康保険証として利用すれば、それだけで上限額までしか請求されません。事前の申請は不要です
- 限度額適用認定証を申請する — マイナ保険証を使わない場合は、加入している健康保険(協会けんぽ・健康保険組合・市区町村の国保)に申請して認定証を受け取り、窓口で提示します
入院が決まってから慌てて手続きするより、マイナ保険証を使える状態にしておく方が確実です。
高額療養費の対象にならないもの
ここは正確に理解しておく必要があります。高額療養費は、健康保険が使われた医療費の自己負担分だけが対象です。次のものは対象外です。
| 対象外のもの | 備考 |
|---|---|
| 差額ベッド代 | 個室などを希望した場合の追加料金 |
| 入院時の食事代の自己負担分 | 定額の負担がある |
| 先進医療の技術料 | 保険適用外の部分 |
| 自由診療 | 保険が使えない治療 |
| 入院中の日用品・雑費 | パジャマ、テレビカードなど |
| 通院の交通費 | 遠方の病院へ通う場合は無視できない額になる |
「高額療養費があっても差額ベッド代は出ない」というのは、民間の医療保険を勧めるときによく使われる説明です。事実としては正しいので、そこは押さえておいてください。
ただし差額ベッド代は、患者が希望していないのに個室に入れられた場合は請求できないことになっています。病院側の都合や治療上の必要で個室になったのであれば、支払う義務はありません。同意書にサインする前に確認してください。
それで、民間の医療保険は必要か

公的な制度でここまで戻ってくるなら、医療保険っていらないの?

そこは人によって答えが変わります。ただし「怖いから」で決める前に、公的制度がどこまで面倒を見てくれるかを知っておくべきです。順番が逆になっている人が多いところです。
このブログの立場をはっきり書いておきます。
高額療養費制度があるので、「治療費が払えなくて破産する」というリスクは、公的医療保険でかなりの部分がカバーされています。医療費100万円で自己負担約9万円、それが4か月続いても多数回該当で軽減され、さらに年間上限で天井が来る。この設計を知らないまま「もしもの時が怖いから」と保険に入るのは、判断材料が足りていません。
考えるべきなのは、高額療養費でカバーされない部分です。
- 差額ベッド代(個室を希望する価値観があるか)
- 収入が止まること(会社員なら傷病手当金がある。自営業にはない)
- 先進医療を受けたいか
- 通院・生活の実費
つまり検討すべきは「医療費」ではなく「医療費以外」です。そしてその多くは、保険ではなく貯蓄でも対応できます。月々の保険料を10年払い続けた総額と、その間に発生する確率を並べて考えてみてください。
会社員の方は、あわせて傷病手当金の記事も読んでください。給与の約3分の2が最長1年6か月支給される制度です。ここを知ると、就業不能保険の見え方も変わります。
死亡に備える生命保険を検討している方は、遺族年金の記事もあわせてどうぞ。必要保障額は「遺族の生活費 − 遺族年金」で決まります。
2027年8月にもう一度変わる
今回の見直しは2段階です。2027年(令和9年)8月からは所得区分がさらに細分化され、上限額も改めて設定されます。
たとえば70歳未満の最上位区分は、年収約1,650万円〜(健保の標準報酬月額127万円以上)で月342,000円+1%という形になり、現在の5区分より細かく分かれます。
この記事は2027年7月までの内容です。 2027年8月以降に読んでいる方は、必ず厚生労働省の最新資料で確認してください。
まとめ
- 2026年8月から月の上限額は引き上げられた
- 同時に年間上限が新設され、長期治療をする人の年間負担はむしろ下がる場合がある
- 多数回該当の額は据え置き
- 年収約370万〜770万円なら、医療費100万円でも自己負担は約9.3万円
- マイナ保険証か限度額適用認定証で、窓口の立て替えは避けられる
- 差額ベッド代・食事代・先進医療は対象外。ここが民間保険の検討ポイントになる
制度を知らないまま保険に入るのも、知らないまま入らないのも、どちらも危うい。まず制度を知って、それから足りない分だけを考える。順番はこれだけです。
出典
本記事は2026年9月6日時点の公表内容に基づいています。掲載している限度額は令和9年(2027年)7月31日までの額です。制度は改正されることがあります。個別の判断は、加入している健康保険(協会けんぽ・健康保険組合・お住まいの市区町村)の窓口にご確認ください。
よくある質問
高額療養費は自分で申請しないともらえませんか?
加入している健康保険によります。協会けんぽや国民健康保険は原則として申請が必要です。健康保険組合の中には自動的に払い戻してくれるところもあります。ただしマイナ保険証を使うか限度額適用認定証を出しておけば、そもそも窓口で上限額までしか請求されないので、あとから申請する手間自体がなくなります。
医療費が高額になりそうです。何を先にすべきですか?
マイナ保険証を医療機関の窓口で使えるようにしておくことです。これだけで窓口負担が上限額までに抑えられます。マイナ保険証がない場合は、加入先の健康保険に限度額適用認定証を申請してください。
差額ベッド代も高額療養費の対象ですか?
対象外です。差額ベッド代、入院中の食事代の自己負担分、先進医療の技術料、自由診療は高額療養費の計算に入りません。健康保険が使われた医療費の自己負担分だけが対象です。
家族の医療費は合算できますか?
できます。同じ医療保険に加入している家族であれば、同じ月内の自己負担を合算して上限額を計算します(世帯合算)。ただし70歳未満の人の分は、1つの医療機関で月21,000円以上のものだけが合算対象です。
2026年8月の改正で負担は増えたのですか?
月ごとの上限額は全区分で引き上げられたので、単月で見れば増えます。一方で新しく「年間上限」ができたため、1年を通して何度も高額な医療費がかかる人は、年間で見た負担が減る場合があります。


