先に結論
- 会社員が病気やケガで働けなくなったとき、健康保険から 傷病手当金 が出る
- 金額は 給与のおおむね3分の2。1日あたり「標準報酬月額の平均 ÷ 30日 × 2/3」
- 期間は 通算1年6か月。2022年からは「通算」なので、途中で復職しても残り期間は消えない
- 最初の 3日間は待期 で無給。4日目から支給される
- 国民健康保険にはこの制度がない。自営業・フリーランスはここが最大の穴
前の記事で、高額療養費制度によって「治療費」のリスクはかなり抑えられていることを見ました。
では、残るリスクは何か。収入が止まることです。
治療費が月9万円で済んでも、給料がゼロになったら生活は成り立ちません。就業不能保険や所得補償保険が売られているのは、この不安に対してです。
ただし会社員には、この穴を埋める公的な制度がすでにあります。傷病手当金です。
傷病手当金とは
業務外の病気やケガで働けなくなり、給与が支払われない期間について、健康保険から支給される給付です。
「業務外」というのがポイントで、仕事が原因のケガや病気は労災保険の対象になります。傷病手当金はそれ以外、つまりプライベートでの病気やケガ、うつ病などの精神疾患も含めた幅広いケースをカバーします。
もらえる条件は4つ
4つすべてを満たす必要がある
- 業務外の病気やケガで療養中であること
- 療養のため仕事に就くことができない状態であること(労務不能)
- 4日以上仕事を休んでいること(最初の3日間は待期)
- 休んでいる期間について給与の支払いがないこと
待期3日間の数え方
ここは間違えやすいところです。
待期の3日間には、土日祝日などの公休日も、有給休暇も含めて数えます。給与が支払われたかどうかは関係ありません。
ただし 連続していなければ成立しません。「月曜休み、火曜出勤、水木休み」では待期は成立しないということです。
いくらもらえるのか
1日あたりの支給額はこう計算します。
支給開始日以前12か月間の各標準報酬月額を平均した額 ÷ 30日 × 2/3
「標準報酬月額」は、社会保険料を計算するときに使う、給与を等級に当てはめた金額です。給与明細や、加入している健康保険から届く通知で確認できます。
計算例
標準報酬月額の平均が 30万円 の人の場合。
300,000円 ÷ 30日 = 10,000円
10,000円 × 2/3 = 6,667円(1日あたり)
30日休んだ場合 → 6,667円 × 30日 = 200,010円
月およそ 20万円。額面30万円の給与に対して、約3分の2が入る計算です。
しかも傷病手当金は非課税です。給与から引かれていた所得税がかからない分、手取りベースで見た目減りは3分の1より小さくなります。
加入して12か月に満たない場合
支給開始日以前の被保険者期間が12か月に満たないときは、次の2つのうち低い方を使って計算します。
- 支給開始日の属する月以前の、継続した各月の標準報酬月額の平均額
- 標準報酬月額の平均額(支給開始日が令和7年4月1日以降は32万円、令和7年3月31日以前は30万円)
転職直後に病気になった場合、この上限が効いてくることがあります。
期間は「通算」1年6か月
支給されるのは、同一の傷病について支給を開始した日から通算して1年6か月です。
この「通算」が重要です。令和4年(2022年)1月1日からの取扱いで、それ以前は支給開始日から暦の上で1年6か月まででした。途中で復職した期間も1年6か月に含まれてカウントされてしまい、再発して再び休んでも残り期間が減っている、という状態でした。
改正後は、実際に支給された期間だけをカウントします。復職している間は時計が止まるので、再び休んだときに残りの期間を使えます。
通算になって何が変わったか
- 改正前:支給開始日から暦で1年6か月(復職期間も消化される)
- 改正後:実際に支給された日数を通算して1年6か月(復職期間は消化されない)
がんの治療や精神疾患のように、治療と就労を行き来しながら長く付き合う病気にとっては、この改正の意味は大きいものでした。
他の給付との調整
傷病手当金は、他の給付と重なると調整されます。
| 重なるもの | 扱い |
|---|---|
| 給与の一部が支払われた | 傷病手当金から給与支給分を差し引いて支給 |
| 出産手当金 | 原則として出産手当金が優先(差額があれば請求可能) |
| 老齢年金 | 原則として傷病手当金は支給されない(年金額の360分の1が傷病手当金の日額より低い場合はその差額を支給) |
| 労災保険の休業補償給付 | 業務上の傷病は労災の対象。傷病手当金とは併給されない |
退職したらどうなるか
会社を辞めても、条件を満たせば引き続き受け取れます(資格喪失後の継続給付)。
退職後も受け取るための条件
- 資格喪失日の前日までに、継続して1年以上の被保険者期間があること
- 資格喪失時に傷病手当金を受けているか、受ける条件を満たしていること
「休職期間が終わって退職することになった」というケースでも、この条件を満たしていれば通算1年6か月の残り期間は受け取れます。休職からの退職を検討している人は、退職日を決める前に必ず確認してください。退職日に出勤してしまうと「受ける条件を満たしていない」と判断されることがあります。
会社員と自営業で対策がまったく違う
ここが本題です。
傷病手当金は健康保険(協会けんぽ・健康保険組合)の給付です。国民健康保険には原則としてありません。
根拠は国民健康保険法第58条第2項です。市町村や国保組合は「条例または規約の定めるところにより」傷病手当金などを行うことができる、という書き方になっています。義務ではなく任意給付です。そして実際に恒常的な制度として実施している市区町村はほとんどありません。
これが意味することは明確です。
| 会社員(健保) | 自営業・フリーランス(国保) | |
|---|---|---|
| 治療費 | 高額療養費でカバー | 高額療養費でカバー |
| 休業中の収入 | 傷病手当金(給与の約2/3、通算1年6か月) | なし |
つまり 「働けなくなったときの収入」に備える必要性は、会社員と自営業者でまったく違います。
- 会社員:まず傷病手当金でいくら入るかを計算する。それでも足りない分だけを、貯蓄か保険で埋める
- 自営業・フリーランス:収入がゼロになる前提。生活費の1年分以上の現金、または就業不能保険を真剣に検討する価値がある
「就業不能保険は必要か」という問いに一律の答えはありません。答えはあなたが会社員かどうかで変わります。
申請の実務
傷病手当金の申請書は、3者の記入が必要です。
申請書に記入する人
- 本人 — 申請内容、振込先など
- 事業主(会社) — 勤務状況と給与の支払い状況の証明
- 医師 — 労務不能であることの証明(療養担当者記入欄)
医師の証明は診察を受けた期間についてしか書けないので、申請したい期間に必ず受診しておく必要があります。ここを飛ばすと、その月分がもらえません。
支給は原則として1か月ごとの申請です。協会けんぽの場合、提出から振込までおおむね1〜2か月かかります。休み始めてから最初の入金まで2〜3か月空くことになるので、当座の生活費は現金で用意しておいてください。
まとめ
- 会社員が働けなくなったら、給与の約3分の2が通算1年6か月支給される
- 非課税なので、手取りベースの目減りは3分の1より小さい
- 待期3日は連続が必要。公休日・有給も含めて数える
- 退職後も条件を満たせば継続して受け取れる
- 国民健康保険にはない。自営業者はここが最大のリスク
なお、遺された家族の生活費については遺族年金が、医療費そのものについては高額療養費制度が受け皿になります。公的保険は「治療費」「休業中の収入」「死亡後の生活費」の3方向をカバーする設計です。
民間の就業不能保険を検討するなら、まず自分の標準報酬月額を確認して、傷病手当金でいくら入るかを計算するところからです。足りない金額が分かって初めて、必要な保障額が決まります。
出典
本記事は2026年9月6日時点の公表内容に基づいています。健康保険組合によっては独自の付加給付があり、支給額や期間が上記より手厚い場合があります。加入している健康保険にご確認ください。制度は改正されることがあります。
よくある質問
有給休暇を使っている間も傷病手当金はもらえますか?
もらえません。傷病手当金は給与の支払いがない日に対して支給されるためです。ただし待期の3日間には有給休暇や土日祝日も含めて数えられるので、待期の成立自体は有給を使っていても問題ありません。給与が一部だけ支払われた場合は、傷病手当金からその分を差し引いて支給されます。
待期の3日間は連続していないとだめですか?
連続している必要があります。休んだ日が飛び飛びだと待期は成立しません。土日祝日などの公休日も待期に含めて数えることができます。
退職したら傷病手当金は止まりますか?
一定の条件を満たせば、退職後も引き続き受け取れます。資格喪失日の前日までに継続して1年以上の被保険者期間があり、資格喪失時に傷病手当金を受けているか受ける条件を満たしていることが要件です。
会社を辞めて自営業になったら傷病手当金はありますか?
国民健康保険には原則としてありません。傷病手当金は法律上、国民健康保険では任意給付という扱いで、実施している市区町村はほとんどありません。自営業やフリーランスの方は、働けなくなったときの収入が完全に途絶えることを前提に備える必要があります。
障害年金や老齢年金と両方もらえますか?
調整されます。老齢年金を受けている場合、原則として傷病手当金は支給されません(年金額の360分の1が傷病手当金の日額より低い場合はその差額が支給されます)。出産手当金と重なる場合も、原則として出産手当金が優先されます。


